吉田先生は、教育社会学の理論を”ゲームの裏技”だと形容された。

知らなければいけないかというとそうでもないが、知っていれば、様々な事象をすっきりと説明することができる、と。

加えて竹内洋先生が、理論を当てはめて実証するのではなく、様々な理論を使って自身の理論を組み立てる、理論応用のスペシャリストであったことも触れられた。

 

「物知り」になる必要はないけれど、創造力は、知識の肥料を蒔いたほうが芽吹きやすい。

それにしては、自分のもちうる土壌があまりにも手入れされていないことを悔しく、そして恥ずかしくも思う。

 

宮台真司とその院生が書いた『幸福論』という本がある。

文中で展開される理論の応酬とも呼べるような激論を、同じ院生である今の自分はとてもできないと思う。悔しい。

 

せっかく学部時代に”貯め”ておいた院生生活の空隙。社大のレポートは快速だが、思っていたよりもゆっくりとしか進められていない自分の研究、さらには博士課程に目指す海外への道のりの足場固めといった課題に、教育社会学の積み上げが大きくのしかかる。逃げたいわけでもなければやりきれないわけでもない。ただ、やればいい。それだけの話であって、院生生活1ヶ月目にして気づけたことをむしろ”幸福”と思ったほうがいいのかもしれない。

 

早稲田のツツジが色鮮やかに咲くのはこの春先だけだ。

軌道修正が効くのは、春先の今しかない。

4月半ばのように、思い詰めて病みがちになるのではなくて、先を確かに見据えつつ、ふだんみるのはたえず一歩先、といった生活を送るようにしよう。

あせっては自滅してしまう。とはいえ、スタートダッシュは今しかかけられない。ほどよいバランスを自分の中で保ちながら、明日に望みたい。

 

・・・気圧の変化で頭痛がするけれど。

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