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2016/12/10 無知か、無力か。

2016/12/10 無知か、無力か。

無知か、無力か。   Inconvinient Dicipline Pierre Bourdieu   不都合な真実を目の前に、私たちは無力であることを感じずにはいられない。 「満足した豚よりも不満足なソクラテス」のような明るくないジレンマを、教育社会学という学問は突きつけてくる。   どのように対峙すればよいのだろう。
2016/11/30 ソーシャルワークとカウンセリング ~学校への支援における共通・相違・関係性~

2016/11/30 ソーシャルワークとカウンセリング ~学校への支援における共通・相違・関係性~

  卒論がひと段落して、最近のホットな関心はこれ。   学校への様々な支援方法はあるが、ここでは21世紀に入って徐々に学校に入っているスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーに焦点を当てたい。   2001年度から「スクールカウンセラー活用事業補助」によってスクールカウンセラーが学校に配置され、学校における心理専門職の立ち位置がある程度確保された。一口に心理職 […]
2016/11/13 京葉学舎のまとめを読んで

2016/11/13 京葉学舎のまとめを読んで

  京葉学舎「民間教育機関の現状と突きつけられている課題」 http://keiyo-gakusha.com/contents/genjo-to-kadai-01.html   気づいたことはいくつかありますが、5つに絞ってみました。   社会の情勢と塾業界のまとめはおおむね的を射ている。 社会史をかなり丁寧にまとめてあります。 2-5(2) 「教育の自由化の推進およ […]
2016/10/29 「実践・経験」と「研究」のハザマで、「あえて」「それでも」と尖ること。

2016/10/29 「実践・経験」と「研究」のハザマで、「あえて」「それでも」と尖ること。

ここ数日のモヤモヤした気持ちに、一定のスッキリさを与えてくれたのは岩田正美先生だった。   岩田先生によると、研究とは、 ①疑うこと ②観察すること ③考えること の3点であると言う   岩田先生は、「実践・体験」と「研究」の違いを、以下のようにまとめている。 実践・体験 研究 ① 信念に基づく行動である実践 現実の実践への基本的疑い ② 目標の設定 合理的な方策追求 目標への […]
2016/10/24 パブリック・リレーションズ

2016/10/24 パブリック・リレーションズ

くやしい。 あるいは、むなしい。   という気持ちが先行する。   アカデミズムのお作法をちょっとずつ覚え始めてきたころに、アカデミズムの「無力さ」を真っ向から説くM先輩のブローは体に堪える。 でも、そのとおりでもある。   アカデミズムは、厳密な方法論によって手続きの客観化を目指し、理を詰めて普遍知を探究しようとする。だから、きちんとした方法論を内面化さえすれば、誰 […]
2016/09/25 ゆったりさと生きがいのディレンマ

2016/09/25 ゆったりさと生きがいのディレンマ

僕自身は、「ゆったりとした社会」になればいいな、って思ってる。 ゴジラを見て感じたこと。 水爆という過ちで、人間はゴジラという、人間を超える存在を生み出した。 そして、それに戦うために、人間はまた大きな過ちを犯した。ゴジラの骨を使って、対抗戦力としてのメカゴジラを作ったのである。・・・暴走すると知らずに。 だから、科学はもっと緩慢な成長でいいと思ってるし、人間が手を出してはならない涼気があると思う […]
2016/08/21 教員の多忙化再考-学校改革の「動的プロセスのサポート」を。

2016/08/21 教員の多忙化再考-学校改革の「動的プロセスのサポート」を。

ひたすら卒論に取り組み続けるまいにち。   AERAが「教員の多忙化」について記事を書いています。 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160817-00000109-sasahi-soci 「公園に鳩が死んでいる」だけで動かざるを得ない学校は、やっぱり大変。 まさに記事にあるとおり、「ノーと言えない学校」。 「教員の仕事と意識に関する調 […]
2016/08/16 教育福祉の諸相 4つの類型

2016/08/16 教育福祉の諸相 4つの類型

大阪府立大の吉田敦彦先生の教育福祉の類型がもっともしっくりくる。 ①・②が理論的な考え方。   ①にあてはまるのは、いわゆる「統一的保障」と呼ばれるような考え方。 ②は、これまでの学校の営みを問い返すような、福祉実現という目標論を据えるもの。     ③・④が実践的アプローチ。 ③は、福祉の現場で失われてしまいそうになる学習権の保障。小川利夫先生もここに着目していた。 […]
2016/08/12 「教育」と考えたときの分裂

2016/08/12 「教育」と考えたときの分裂

これはしょうがないことなのかもしれないんだけれども。   「教育」業界って、随分と間口が広いように思う。 でもその間口の広さに、ときに悶えるときがある。自分が。   ためしに2つ。   ① 話していて、教育を「明るく」考えているかたがた。 教育は、人生の可能性を広げていく、希望の営みである、と。 さらには、教育を通してもっと社会をよくしていける、と。 もっとこんな教育 […]
2016/08/10 「溜め」の回復 ~「居場所」「運動」「研究」のジレンマの中で~

2016/08/10 「溜め」の回復 ~「居場所」「運動」「研究」のジレンマの中で~

社会運動家ともいえる湯浅誠さんと、北海道大学の松本伊智朗先生の対談がとても興味深い。 「教育の運動論」について、佐藤学先生がたしか教育学年報?で書いていた。いつも読み返そう、読み返そうと思いながらもごてごてになってしまっている。そんななか、「運動」と「研究」の関係性を考えながら、ひさしぶりに「残る」対談を読むことが出来たように思う。   湯浅 誠 , 松本 伊智朗「この人に聞く(第1回) […]
2016/08/06 『<弱さ>のちから』読了。

2016/08/06 『<弱さ>のちから』読了。

鷲田の臨床哲学に改めて脱帽。 最近読み直したセイゴーの『フラジャイル』にも響かせながら、<弱さ>のちからを潮風のように紡ぐ節々。 響いた言葉。   支援しなければならないひととして見ることが、「病む」ひとたちの生きづらさを余計に生みだす。ひとがそれぞれに抱え込んでいる生きづらさをいっしょに担うこと、いっしょに考えること。そのなかで、「発病するということが関係の危機を緩和する装置として働い […]
2016/07/03 幸せって何だろう。

2016/07/03 幸せって何だろう。

幸福学研究をレビューすればいいんだろうけど。   ある人が言って(書いて?)いたのは、 「なにかをした」ことの価値とは、それがもたらしたものではなく、「なにかができた」ことそのものである、と。   僕自身の幸せって何だろう。 アドラーに言わせれば、他人の顔を見るな、とも言われる。 ここもそういっている。http://matome.naver.jp/odai/2136853218 […]