研究関連のことや、
ときどき思ったことをまとめています。
所属機関等に関係はありません。

「わたし」 私が思うこと。
2016/04/03 あっというま。

2016/04/03 あっというま。

早くも春。あっというま。 随分と忙しく、振り返る暇もなし。 いよいよ4年生。   2015年は「結果を出す年」に、という抱負は、どのぐらい達成できただろうか。   あの頃の予測より、2015年は随分と […]
2016/03/16 「なんのための」「だれのための」改革か?

2016/03/16 「なんのための」「だれのための」改革か?

気づき。   学校をこうしたい、っていう思いを、僕の中にもつことには、どんな意味があるんだろう。 たとえば、今自分の中で一番ピンときているのが、「社会政策としての学校福祉運営論」。 ・・・ただ、(もちろん、まだ […]
2016/03/15~16 「教育を学ぶ読書の弥生」を終えて

2016/03/15~16 「教育を学ぶ読書の弥生」を終えて

本当に、この読書会にきてくださることに、ありがたいなって感じてやまない。 というのは、前も言ったとおり、読書はひとりでもできるし、もっといえば、 わざわざ足を運んで、お金を払って、やる必要があるとは言い切れないものだから […]
2016/03/09 研究者という道筋の規定

2016/03/09 研究者という道筋の規定

辻先生も青木さんもおっしゃっていたように、博士論文を仕上げる過程って、 多くの学徒はどうしても意図的に「視野狭窄」になる。というより、する。   研究の積み上げはやはり偉大で。 「一転突破」じゃないと、研究のフ […]
2016/03/04 本日の気づき

2016/03/04 本日の気づき

本日の気づき・さまりぃ。 その1.教育学と社会福祉学で、求められる研究者像が違うという課題。   ①研究の評価傾向 ②大学でのポスト 教育学: ①学会内では、あまり実践は重視しない。歴史的に見ると、ばりばりの理論研究が、 […]
2016/02/27 先生のエンパワメントとは

2016/02/27 先生のエンパワメントとは

先生をエンパワメントするって、どういうことだろう。 福祉における生活者のエンパワメントは、生活者の中に答えがあるが、教育の場合、先生の中に答えがあるとも言いにくい。どちらかと言えば子どもたちのなかである、ということはでき […]
2016/02/24 学知論

2016/02/24 学知論

学知の重たさ 社会に出る一歩手前、 およそ同年齢人口の半分の人の所属が、 同年齢人口の数パーセントでしかない「学術機関」に身を置くってのは、改めて考えるべきイシューであるように思う。 もちろん、このギャップにはさまざまな […]

2016/02/22 夢中で霧中。

1週間前には沸いてこなかった「教育」(というより、今日はこのコトバすらも怪しさをましてきて、「かっこ」なしでは使えなくなってしまう・・・)の未来像が、どんどん沸いてくる。 別に、アイデアをがんばってひねり出してるわけじゃ […]
2016/02/20 「伝えること」・私論

2016/02/20 「伝えること」・私論

「伝えない」ぼくの理由 伝えることって、けっこう勇気がいることだと思う。 「いろいろ思うところはあるけど・・・いいや、言わない。」 そんな判断をぼくはよくしてしまう。   なんで「伝える」ことに勇気がいるのだろ […]
2016/02/14 「生きる」ということの、切実さ。

2016/02/14 「生きる」ということの、切実さ。

本を読んでいると、とてもすばらしい言葉に出会う。 限られた時空に生まれ、死ぬという共通の運命のただ中に投下された人間は、未来を現在にたぐり寄せ、そこを地盤に過去を見つめることで、個と社会との関係性を自覚し、自立する生活者 […]
2016/01/22 どう、生きるか。

2016/01/22 どう、生きるか。

2冊との出会い 最近、本当に影響を与えてくれる本2冊に出会いました。       です。   この前「信じること」という記事を書きましたが、この2冊は、ぼくがどう生きるべきかどうか […]

2016/01/12 「信じる」こと。

「信じる」ことへのこだわり 2人のIさんと話して気づかされたことは、僕の根底には「信じる」ことへの深いこだわりがあるということ。 ずいぶんとすっきりと整理されてしまう「気づき」を数年ぶりに得られて、すこし悔しい・・・とい […]