「世」と「私」。
「弱」さと「私」。
生きていく中で感じるコンフリクトやジレンマに、
少しでも向き合っていくことができるなら。
世渡りしにくい世の中だから、
「世渡し」のためのエンパワメントを込めて。

学びの問い・ストーリー
2016/08/21 教員の多忙化再考-学校改革の「動的プロセスのサポート」を。

2016/08/21 教員の多忙化再考-学校改革の「動的プロセスのサポート」を。

ひたすら卒論に取り組み続けるまいにち。   AERAが「教員の多忙化」について記事を書いています。 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160817-00000109-sasahi-soci 「公園に鳩が死んでいる」だけで動かざるを得ない学校は、やっぱり大変。 まさに記事にあるとおり、「ノーと言えない学校」。 「教員の仕事と意識に関する調 […]
2016/08/16 教育福祉の諸相 4つの類型

2016/08/16 教育福祉の諸相 4つの類型

大阪府立大の吉田敦彦先生の教育福祉の類型がもっともしっくりくる。 ①・②が理論的な考え方。   ①にあてはまるのは、いわゆる「統一的保障」と呼ばれるような考え方。 ②は、これまでの学校の営みを問い返すような、福祉実現という目標論を据えるもの。     ③・④が実践的アプローチ。 ③は、福祉の現場で失われてしまいそうになる学習権の保障。小川利夫先生もここに着目していた。 […]
2016/08/12 「教育」と考えたときの分裂

2016/08/12 「教育」と考えたときの分裂

これはしょうがないことなのかもしれないんだけれども。   「教育」業界って、随分と間口が広いように思う。 でもその間口の広さに、ときに悶えるときがある。自分が。   ためしに2つ。   ① 話していて、教育を「明るく」考えているかたがた。 教育は、人生の可能性を広げていく、希望の営みである、と。 さらには、教育を通してもっと社会をよくしていける、と。 もっとこんな教育 […]
2016/08/10 「溜め」の回復 ~「居場所」「運動」「研究」のジレンマの中で~

2016/08/10 「溜め」の回復 ~「居場所」「運動」「研究」のジレンマの中で~

社会運動家ともいえる湯浅誠さんと、北海道大学の松本伊智朗先生の対談がとても興味深い。 「教育の運動論」について、佐藤学先生がたしか教育学年報?で書いていた。いつも読み返そう、読み返そうと思いながらもごてごてになってしまっている。そんななか、「運動」と「研究」の関係性を考えながら、ひさしぶりに「残る」対談を読むことが出来たように思う。   湯浅 誠 , 松本 伊智朗「この人に聞く(第1回) […]
2016/08/06 『<弱さ>のちから』読了。

2016/08/06 『<弱さ>のちから』読了。

鷲田の臨床哲学に改めて脱帽。 最近読み直したセイゴーの『フラジャイル』にも響かせながら、<弱さ>のちからを潮風のように紡ぐ節々。 響いた言葉。   支援しなければならないひととして見ることが、「病む」ひとたちの生きづらさを余計に生みだす。ひとがそれぞれに抱え込んでいる生きづらさをいっしょに担うこと、いっしょに考えること。そのなかで、「発病するということが関係の危機を緩和する装置として働い […]
2016/07/03 幸せって何だろう。

2016/07/03 幸せって何だろう。

幸福学研究をレビューすればいいんだろうけど。   ある人が言って(書いて?)いたのは、 「なにかをした」ことの価値とは、それがもたらしたものではなく、「なにかができた」ことそのものである、と。   僕自身の幸せって何だろう。 アドラーに言わせれば、他人の顔を見るな、とも言われる。 ここもそういっている。http://matome.naver.jp/odai/2136853218 […]
2016/05/02 あっというま。 Part2

2016/05/02 あっというま。 Part2

リフレクションのタイミングが1ヶ月おいちゃうのはまずいな。 もっと早いスパンでPDCAまわしていかないと。   最近思うこと。   「極めてつなぐ」ことの難しさ。 専攻の論文を読む一方で、周縁の論文も読んでいる。 論文を読んでいる一方で、現場の学校にも足を運んでいる。 ・・・そういえば、1ヵ月後から教育実習。 現場を知る一方で、行政からもハナシを聞く。 どこもかしこも、思ってい […]
2016/04/03 あっというま。

2016/04/03 あっというま。

早くも春。あっというま。 随分と忙しく、振り返る暇もなし。 いよいよ4年生。   2015年は「結果を出す年」に、という抱負は、どのぐらい達成できただろうか。   あの頃の予測より、2015年は随分とインプットの年になった。 そうせざるをえない、というより、そうしたいと思う年だった。 ・・・とはいえ、特に2015年後半戦は、少しづつアウトプットに心を注いだ。 まだまだ十分実を結 […]
2016/03/16 「なんのための」「だれのための」改革か?

2016/03/16 「なんのための」「だれのための」改革か?

気づき。   学校をこうしたい、っていう思いを、僕の中にもつことには、どんな意味があるんだろう。 たとえば、今自分の中で一番ピンときているのが、「社会政策としての学校福祉運営論」。 ・・・ただ、(もちろん、まだ現職の先生方とこれについて話したわけじゃないからなんともいえないけど) 果たしてこの一種の「理想像」は正しいのか? あるいは、「先生方が望むものなのか?」と、疑問が浮かぶ。 &nb […]
2016/03/15~16 「教育を学ぶ読書の弥生」を終えて

2016/03/15~16 「教育を学ぶ読書の弥生」を終えて

本当に、この読書会にきてくださることに、ありがたいなって感じてやまない。 というのは、前も言ったとおり、読書はひとりでもできるし、もっといえば、 わざわざ足を運んで、お金を払って、やる必要があるとは言い切れないものだから。 でも、参加してくれたメンバーの中で対話が生まれて、自己の・他己の問いに 共感し、磨きあい、はぐくみあうことができたのは、本当に何よりだと思う。   僕自身がそう大きな […]
2016/03/09 研究者という道筋の規定

2016/03/09 研究者という道筋の規定

辻先生も青木さんもおっしゃっていたように、博士論文を仕上げる過程って、 多くの学徒はどうしても意図的に「視野狭窄」になる。というより、する。   研究の積み上げはやはり偉大で。 「一転突破」じゃないと、研究のフロントラインを意味をもって引き上げることはできないから、かなぁ。   とはいえ、僕はけっこう興味関心がよく言えば広く、悪く言えば拡散するほうなので、 そういう「一転突破」 […]
2016/03/04 本日の気づき

2016/03/04 本日の気づき

本日の気づき・さまりぃ。 その1.教育学と社会福祉学で、求められる研究者像が違うという課題。   ①研究の評価傾向 ②大学でのポスト 教育学: ①学会内では、あまり実践は重視しない。歴史的に見ると、ばりばりの理論研究が、研究として評価されてきた。 ②大学の授業は講義が中心なので、きちんと理論研究ができているかが求められる。   社会福祉学: ①実践がないと一人前とはいえない。理論だけやっ […]