「世」と「私」。
「弱」さと「私」。
生きていく中で感じるコンフリクトやジレンマに、
少しでも向き合っていくことができるなら。
世渡りしにくい世の中だから、
「世渡し」のためのエンパワメントを込めて。

2017/10/01 子どもの街頭募金活動を考える

2017/10/01 子どもの街頭募金活動を考える

研究や勉強以外で、久しぶりに自分で文章を書こうと思った。   目白駅付近で、ボーイスカウトの服装に身を包んだ子供たちが、歩道の両側で募金活動をしている。 大人も何人かいる。大きな声を張り上げて、募金を募っている。 僕はその声を耳に入れながらも、颯爽と自転車で通り過ぎた。 しかし、その声と、なにか悶々とするものが胸に溜まった。   かつては僕も募金に積極的だった。 小学校で度々あ […]
2017/05/16 研究者はなにをみているんだろう。

2017/05/16 研究者はなにをみているんだろう。

博士論文を書ききるということは、その道の専門家になるということで、 まだ明らかにされていない知を、一歩前に進めたことを認めてもらうことでもある。 と同時に、研究者としての太鼓判を押され、研究の職を得ていく道が開かれる。   自分は博士論文はおろか、まだ修士論文すら執筆中の身だけれども、 研究の先になにがあるんだろう、と疑問が絶えない。   個人名を挙げてさげすむつもりはまったく […]
2017/05/10 足りないことが多すぎる。

2017/05/10 足りないことが多すぎる。

吉田先生は、教育社会学の理論を”ゲームの裏技”だと形容された。 知らなければいけないかというとそうでもないが、知っていれば、様々な事象をすっきりと説明することができる、と。 加えて竹内洋先生が、理論を当てはめて実証するのではなく、様々な理論を使って自身の理論を組み立てる、理論応用のスペシャリストであったことも触れられた。   「物知り」になる必要はないけれど、創造力は、知識の肥料を蒔いた […]
2017/05/05 What`s make it  "right"?

2017/05/05 What`s make it “right”?

つかの間のGW前半は、長野へ。   毎年GWに行っているのは新潟ですが、今年はまったく違う用で長野・八ヶ岳へ。 翻訳合宿に混ぜていただきました。   英語と日本語では言葉の区切り・概念の範囲・述べ方が異なるので、日本語訳していくのには一苦労。school success とか。   最後まで詰まったのはmake it rightという言葉。何が正しいのか。かなり頻繁に […]
新しいものからどうぞ。

2016/02/22 夢中で霧中。

1週間前には沸いてこなかった「教育」(というより、今日はこのコトバすらも怪しさをましてきて、「かっこ」なしでは使えなくなってしまう・・・)の未来像が、どんどん沸いてくる。 別に、アイデアをがんばってひねり出してるわけじゃなくて、福祉についての知識を入れてるだけ。 視野が広がることが、これだけぐんと思考の速さを加速し、幅を拡げてくれるんだと実感。 直近の課題としては、このアイデアを ①どう論文に落と […]
2016/02/20 「伝えること」・私論

2016/02/20 「伝えること」・私論

「伝えない」ぼくの理由 伝えることって、けっこう勇気がいることだと思う。 「いろいろ思うところはあるけど・・・いいや、言わない。」 そんな判断をぼくはよくしてしまう。   なんで「伝える」ことに勇気がいるのだろう。 ぼくにとってピンとくる理由を考えてみると、結局、 ・自分の意見が妥当だと言い切る自信がないから が一番大きいことに気づく。     「伝える」皆の理由 じ […]
2016/02/14 「生きる」ということの、切実さ。

2016/02/14 「生きる」ということの、切実さ。

本を読んでいると、とてもすばらしい言葉に出会う。 限られた時空に生まれ、死ぬという共通の運命のただ中に投下された人間は、未来を現在にたぐり寄せ、そこを地盤に過去を見つめることで、個と社会との関係性を自覚し、自立する生活者の視点に立ち戻る。人間本来の生きる力であるエンパワーメントを横断的に捉えれば、他者とともに生きるという連帯の起点になる。現在というこの瞬間を、未来と過去に繋げる認識力こそが人間の連 […]
2016/01/22 どう、生きるか。

2016/01/22 どう、生きるか。

2冊との出会い 最近、本当に影響を与えてくれる本2冊に出会いました。       です。   この前「信じること」という記事を書きましたが、この2冊は、ぼくがどう生きるべきかどうかを再考させてくれる契機となりました。   『利他学』 この本は、人間の持つ利他性について、生物学、心理学、経済学、哲学などさまざまな分野からの研究成果を引用し、その実態を […]

2016/01/12 「信じる」こと。

「信じる」ことへのこだわり 2人のIさんと話して気づかされたことは、僕の根底には「信じる」ことへの深いこだわりがあるということ。 ずいぶんとすっきりと整理されてしまう「気づき」を数年ぶりに得られて、すこし悔しい・・・というより情けない反面、なんだかすっきりときた。   過去を振り返れば 一人っ子として育った自分は、ここには書ききれないほどに、本当に温かい愛情を受けることができた。 今も続 […]

2016/01/04 本日の気づき

  今日の気づき・考えたこと。 メモ書きです。   ・幼児期の遊びがワクワクを作るのでは? →遊びの効用、「ワクワク学」   ・自己と他者の「ほどよい」違いが、人をひきつけつつも、人を変える力となる。 (自分と似すぎていたら自己の追従に堕し、自分と違いすぎていたら「ひとごと」になる。)   ・「最先端」について、 ①なんだろう。  ②どう考えればいいんだろう […]
2015/12/26~28 「教育を学ぶ読書の師走」を終えて

2015/12/26~28 「教育を学ぶ読書の師走」を終えて

はじめに 年末です。 先日、3日間にわたる読書合宿が終了しました。 参加いただいたみなさんには本当に頭の下がる思いです。だって、読書なんて自分ひとり でもできるから。わざわざ御茶ノ水まで来て、参加費まで払って本を読むのって、本当に 物好きでもないとできないでしょう。笑 でも逆に、こういうチャンスをちょっとずつ作っていきたいな、と思っているのも事実で す。読書会に来てくれた方への(裏?)メッセージも […]
2030年の教員像とは 国際教育改革サミットのこたえ

2030年の教員像とは 国際教育改革サミットのこたえ

ちょっと古いですが、こちら。 これまでの教員像が、未来において、世界において、大きく転換します。 「・・・それでもあなたは、教員になりますか。」 自戒も含め、教員をめざすすべての学び手が問い返されるべき調査結果であるように思います。 つまり、「教科の専門家」よりも、「学び」の専門家としての側面が強められるということです。   以下引用 2030年の学校像…教員は授業を行う講師から学習環境 […]

ウェブサイトを開設しました。

SNS等での投稿に限界を感じたため、ウェブサイトを開設しました。 自分自身が感じることや考えたことを、少しずつ文章につづっていきたいと思います。
「学校に福祉専門家を」 教員支援、中教審が答申案

「学校に福祉専門家を」 教員支援、中教審が答申案

朝日新聞のニュースです。 http://www.asahi.com/articles/DA3S12111864.html とうとう「法令明記」までいきました。 まだ答申案は公開されていません。